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2005/03/31

コンパクトシティと市町村再編

道の将来像、知事が提言 市町村、20程度に再編 31日発売の著書に  


 高橋はるみ知事が、三十一日に出版する道州制についての本の中で、将来の道内市町村の理想像として独自の「北海道版コンパクトシティ」論を展開している。道内人口が減少するとの予測を踏まえ、分散居住している住民を核都市に集約化、現行の二百八市町村を二十程度に大幅再編する内容だ。議論のたたき台として問題提起した形だが、道が新年度に策定する合併推進構想に影響を与えるものとして、市町村に波紋を広げそうだ。

 コンパクトシティは、一九九○年代以降、欧州を中心に提起された都市政策の概念で、持続可能な環境の観点から、住民が街中に集まり、小さくまとまったまちづくりを目指す考え方。これに対し知事の「北海道版」は超過疎化、超高齢化対策が発想の原点という。

 知事は、現在約五百七十万人いる北海道の人口が二○三○年までには約九十万人減り、半数近くの市町村が現行の六割を切るとの推計を紹介。「高齢者の多い超低密度社会」が到来し、各地で《1》医療、福祉の確保が不十分《2》公共交通の維持が困難《3》人と交流ができず、地域で支え合えない-などの社会不安が高まるとの問題意識を掲げた。

 その上で、地域主権型社会づくりのため「市町村の体制強化は急務」と強調。市町村は一定程度の人口、予算規模を持つ広大な「生活圏域」に再編し、核となる地域に医療や保健・福祉、商業などの施設やサービスを集積して、そこに人が集まるまちづくりを計画的に進める必要性を指摘している。

 生活圏域のイメージとしては、現行の十四の支庁区域や、二十一の第二次保健医療福祉圏を挙げている。

 知事は、市町村合併は「外から強制する話ではない」と強調しながらも「今後の人口減と高齢化の速度を考えると、残された時間はあまりない」として、この提案が各地域で議論を呼ぶことに期待感を表明している。

 知事の著書は「はるみ知事の夢談義-なっとく!道州制」(ぎょうせい、千六百円)。道の合併推進構想は、四月からの合併新法に基づき、市町村の新たな組み合わせを示すなどの内容。知事は構想に沿って、合併協議会の設置などを勧告することができる。

2005/03/29 07:08 道新


上の記事にあるとおり、知事が近く出版する本の中で、「市町村の数を20程度に再編し、コンパクトシティを目指すべき」と提案しているらしい。本を読んでないから詳しい内容はわからないけれど、率直な感想を一言。

「コンパクトシティと市町村再編って、どう関係あんの?」

知事は、コンパクトシティをどのようなコンセプトとして捉えているのだろうか?なんのためにコンパクトシティの実現を図りたいと考えているのだろうか?

ふつふつと疑問が湧いてくる。


「コンパクトシティ」なるものについて、私が今まで理解していたこと。

・地球温暖化問題への危機感。地球の持続可能性を保つために、世界各国の政府、地方自治体、企業、市民が、それぞれCO2排出のために努力しなければならないという認識。

・都市レベルでは、「サステイナブルシティ(持続可能な都市)」の実現が、最高次の政策目標になる。サステイナブルシティとは、「CO2排出量の少ない都市構造を持つ」と同時に、「経済的にも活力があって、賑わいの場があり、人々に雇用の場を提供する」とともに、「高齢者や子ども、社会的弱者らの居場所も確保されており、社会的排除の少ない」という、持続可能性の3次元(環境、経済、社会)に目を配った、複合的な都市コンセプト。

・コンパクトシティとは、サステイナブルシティの実現に寄与すると考えられている、都市空間モデルのコンセプト。自動車利用を前提としたこれまでの都市空間利用のあり方(商業施設、住宅地の郊外へのスプロール現象)は、エネルギー多消費型で環境的にサステイナブルでなく、また中心市街地の商業を衰退させ、自動車を運転できない高齢者や子どもにとって、非常に生活しにくい都市空間が形成されてしまっているという反省から生まれた。

・コンパクトシティの具体的施策としては、

   ・郊外開発を抑制(都市規模の成長管理)するとともに、都心の土地利用を高密度化・混合用途化して、職住近接を実現し、通勤等に伴うエネルギー消費を抑制する
   ・LRT(低床式路面電車)などの公共交通網を整備・充実させて、都心へのアクセスを改善する(例えば、ドイツのフライブルクでは、地域エネルギー公社の利益でLRTの赤字を補てんして、公共交通網を支えている。)一方、自動車の都心への進入は厳しく規制し、都心を歩行者の手に取り戻す、それが結果的に中心市街地の賑わいの復活にもつながる(例えば、フランスのストラスブールでは、自動車を都心から排除したら、かえって商店街の売上げが増大した。)

といった取り組みを挙げることができる。


さて、このような都市の空間利用や都市交通体系のあり方を見直そうという議論であるところのコンパクトシティ論と、市町村という地域自治組織の再編論は、どうつながってくるのだろうか。

従来のコンパクトシティ論における都市自治体の役割は、(1)ハード・ソフトのインフラ整備を通じて、都心エリアの魅力を高めること、そして(2)地価の安さに由来する郊外エリアの無秩序な開発を規制すること、が中心となるように思われる。そうすることで、人々を生活の質の高い都心エリアに導き、その結果として、CO2の排出量が抑制されるのである。

他方、「北海道版コンパクトシティ」はどうだろう。自立的財政運営の実現見通しのない農山漁村地域の自治体を解体し、これらの地域で暮らす住民の公共施設(病院、福祉施設等)へのアクセスを著しく悪化させる。そうすれば、そこで暮らす住民の生活はとても不便になるので、彼らを20の都市に誘導することができ、その結果、「コンパクトシティ」が実現する。記事を読んだかぎりでは、そんなイメージである。。。

この提案は、地方自治体の行政コストと国の地方財政費を節約し、さらには国民の財政負担の増大を抑えるのに役立つかもしれない。これ自体は無意味なことではない。しかし、市町村を20に再編して、農山漁村の公共施設をリストラすれば、本当にコンパクトシティが実現するのか、よく考えてみる必要がある。

というのは、北海道に限らず今の日本は、道路交通網の整備が非常に行き届いてきているので、周辺地域の自治体を廃止しても、その地域住民が、20の都市の都心エリアに移住してくるとは限らない。むしろ、これまでどおり住み慣れた農山漁村地域で生活し、公共施設や商業施設に用事のあるときは車に乗って、今までより長い時間をかけてドライブする。そんなライフスタイルが広く選択されないだろうか。こうなると、市町村の再編はかえって自動車利用を増大させ、その結果、CO2排出量を増やす可能性が高い。これは、コンパクトシティの理念と相容れない事態である。コンパクトシティの理念の核にある環境的持続可能性の観点(CO2排出の少ない空間構造)に立てば、お金は余分にかかっても小規模な町村役場を存続させた方が、望ましいかもしれない。

そもそも、北海道の農山漁村で暮らす人々が、実際に20の都市に移住してくるということは、ありうるのだろうか。これはある程度は現実に起きていることで(いわゆる「過疎化」)あるから、あり得ないとは言えない。しかしその一方で、北海道は農林水産業が基幹産業であるのもまた事実で、今後の経済発展戦略においても、第一次産業を基軸に据えている以上、農山漁村で暮らす人々が全くいなくなることはないだろう。農林漁村地域で暮らす人がいなくならない以上、そこで生じる共同需要に対応する自治組織もまた、消えてなくなることはないのではないだろうか。

或いは、農民が都心のマンションで生活するようになり、そこから農地に通勤するという新しいライフスタイルも考えられるかもしれない。しかし、これだと農地まで自動車で通勤することになるだろうから、職住近接とはならず、かえってCO2排出量を増やす可能性が高く、コンパクトシティの理念に合致しない。

そもそも農山漁村の住民を都市に集めること自体は、コンパクトシティでもなんでもないのである。上での触れたように、農山漁村から都市への人口移動は、明治期以降、一貫して起きてきた現象で、その結果として、都市人口が膨張し、自動車の普及と相まって、都市郊外へのスプロール化(反・コンパクトシティ化)が進行した。その反省に立って、「コンパクトシティ」という考え方が注目されるようになった。

そうした経緯をふまえると、コンパクトシティが目指すのは、「農山漁村の住民」を「都市」に集めること、というよりむしろ、「都市郊外エリアの住民」を「都心エリア」に集めることであると、私には思えるのだが、新聞記事ではそのあたりの話がどうなってるのか、よくわからない。

本来のコンパクトシティ論は、都市の空間利用のあり方を、人(特に社会的弱者)に優しく、地球環境にも優しいものに変革しようという話であって、農村とその自治組織を解体しようという話でもなければ、農村でのんきに暮らすじいさんばあさんを無理やり都市に連れてこようという話でももちろんない。もっと夢のある、血の通った話である。コンパクトシティの実現のためには、市町村再編よりも先に、都心での生活の質・魅力を高めることなど、なすべきことがたくさんあるように思う。

「都市と農村の関係」ということで言うと、コンパクトシティ論には、人口低密な農山漁村地域を「非効率」、「お荷物」と見なすのではなく、都市とは異なる農村の価値を積極的に評価し、それを持続的に守っていこうという思想が埋め込まれていると、私は考えている。だからこそ、都市が郊外の田園地帯へと無制限に拡張するのを防ごうとするのである。新しいものを創造し社会の発展を推進する都市と、食糧を生産し森林を守る農山漁村とが、互いの役割や文化を理解し、自治を認め合い、経済的・財政的・社会的・環境的に支え合う、「サステイナブルな都市-農村関係」を構築していこうという話が、コンパクトシティ論とセットになって語られるようになったらいいのになと思う。

まだ本を読んでないのに、長々と書きすぎた。(汗
読んで面白ければ、またきちんとコメントを書こうと思う。

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