前回の記事に、追記の形で紹介した桜子さんの記事の続編を、興味深く読んだ。
その記事の中で桜子さんが強調されているのは、こういうことだ。
日本のローハスは、本家アメリカのLOHASとは違ってて、エコに偏っている。エコに偏らせようと企んでる連中がいる。
該当箇所を引用すると、
日本では今、アメリカ(本家)でのオリジナルなLOHASの意味が健康>環境なのに、健康<<環境にして、エコ寄りに引っ張ろうとする、【エコ派ロハス】の仕掛け人がたちがいるからです。つまり、アメリカ本家での意味を”環境”寄りにずらして、ブームの終わった“スローフード”やや飽きられてきた“オーガニック”という言葉の代わりに使い、新鮮さを出してブーム化しようとしてるんですね。
ここでは具体名は出してないけど、雑誌「ソトコト」周辺が、日本における「エコ派ロハス」の仕掛け人ということのようだ。私も「ソトコト」を読んで、「健康<<環境」な印象はあったので、桜子さんの指摘は理解できる。桜子さんの主張を私なりに消化して、噛み砕いてまとめてみた。
「本来のLOHASなヒトとは、「心もカラダも健康で美しくありたい」という自己愛がまずありきで、そのために意識的な行動をとっている人たちのことである。そうして健康や美を追求していった先に、「地球にやさしい商品っていいな」とか、「家族や友だちを大事にしたいな」とか、「教会に参加しよう」とか、「悪いことして儲けてる会社はヤだな」とかってことが、ほにょっと顔を出してきたりもする。「そうした方が気持ちいい」という理由で。でも、そこの部分は、基本的に枝葉のことである。
ところが、日本で大手を振っている「エコ派ロハス」は、「心もカラダも健康で美しく(楽しく)」という、ヒトしての基本の部分をなおざりにしたまま、「エコ」だの「正義」だの「手仕事」だのと過剰な言葉で語りたがる、うさんくささが鼻につく。おおかた、昔からいるエコ派、ヒッピー、田舎好きな連中が、聞き慣れない新しい横文字を使って、オシャレで癒し系な雰囲気を装いながら、支持基盤の拡大(エコ・ビジネスの拡大)を目論んでるんだろうけど、まだネガ・ダサな臭いを消せてない。そんなのには、ついていけない。」
誤解を恐れずに書いたら、こんな感じ。私は、アメリカのローハス事情についてはまだよく飲み込めてない(っていうか、ローハスという言葉自体、2週間前に知ったばかり)から、なんとも言えないけど、日本の状況については、この説明でいろいろ腑に落ちた。
ただ、桜子さんはあくまで、「日本のフツーの女子ダイエッターにとって、ローハスってどうよ?」という目線で分析されているので、本当にそういう理解でいいのかなと思うところもある。例えば、アメリカの本家・本元のローハスについて。英語サイトでも、「ローハス消費者にとって、エコは核心だ」みたいな文章を見かけた。国田かおるさんという方が書いた、LOHAS世界大会(LOHAS Forum 9)レポートを読んでも、レポーターのバイアスもあるのかもしれないけれど、エコで社会派な話題がけっこう出ている印象。(と同時に、「セレブの道楽」的雰囲気も伝わってくる。)もうちょっと情報を仕入れてみないと、判断できないなと感じた。
個人的には、「日本のロハスが、本家のLOHASに忠実か否か?」は、わりとどっちでもよかったりする。国境を超えた言葉や概念が、本来のニュアンスとは違った形で広まることはよくあることだし、そもそもLOHASという言葉が「モノを売るために造られたマーケティング用語」だとわかったので、それでモノやサービスが売れるなら、少々意味がズレたところで、別にどうでもええかという気もしてくる。日本とアメリカでは、消費者の嗜好も、所得階層構造も違ってるだろうから、適当にアレンジしてやるとよろしいなぁ、という話。「BUSHIDO」がねじ曲げられたニュアンスで海外で広まったとかいうのとは、ちょっと次元が異なる。
もちろん、日本でニュアンスが変わった(を変えた)ことで、商売がやりやすくなってる人たちがいる一方で、商売がやりにくくなる人たちもいるだろうから、後者の人たちには愉快な状況ではないだろうなと思う。日本における、エコ・ビジネス業界とヘルス&ウェルネス・ビジネス業界の間の、コトバを巡る主導権争いは、それはそれで好奇をそそる話である。「仲良くしたらええやん」では済まされない感覚的問題が、いろいろあるんだろう。
私自身は、マーケティングの視点とは別の次元、つまり、マーケティングを抜きにしたとき、「LOHAS」ってコンセプトに何か残るものはあるのかってことに、興味がある。あるいは、言葉の正確な意味で「健康で持続可能なライフスタイル」というのは、どういうコトなのさってこと。「LOHASのSってなに?」とか、「healthyってどこからどこまでを言うのさ?」みたいな素朴な疑問。
そういう話は退屈だ、仕掛け人たちが流行らせるために語呂合わせで造った言葉を、つっこんで考えてみても仕方がないという向きもあると思う。でも、そこに進んでいかないと、私の暇つぶしにはならない。けっこう面白い言葉だと思うんだよね、ローハスって。
ちなみに、私自身はローハス的ではなさそう。だいたい夜2時にPC向かってる奴は、自分にも地球にも優しくない・・・。明日はジムに行こっと。
今日はここまで。
※前回以降、いくつか気になったコト。いろいろ。覚え書き。
◎LOHASな人々?LOHASな消費者?
ローハスというのは、心とカラダ、地球に優しい生き方を主体的に選択している、今一番カッコイイ人たちのライフスタイル。そして、ローハスなライフスタイルを実践しているイケてる人たちが、ロハスピープルである。
こういう説明を聞いたら、なるほどって思ってしまう。雑誌「ソトコト」は、「ロハスピープルのための快適生活マガジン」とアピールしている。
でも、"LOHAS People"という言葉は、英語にはない(たぶん)。出てくるのは、"LOHAS Consumer"という言葉だけ。LOHASはもともと、おカネを払ってモノやサービスを買ってくれる「消費者」の一カテゴリーを示す言葉である。それが日本では、おカネの受け渡しとは関係のない領域(政治とか)まで含む、「生き方全般」に係わるカテゴリーとしてフツーの人たちにどんどん広まってきている。ある意味、日本人てすごいね、って話でもある。
◎アメリカのLOHASな消費者たちは、「LOHAS」扱いされたくないらしい。
3年前に書かれたこちらの記事に、そんなことが書いてあって、「へー」と思った。「こだわり派」なLOHASな消費者相手のビジネスは、LOHASというグルーピングをしていることに気づかれないようにアプローチするのが、有効なんだそうだ。この話もどこまで信頼できるのかはわからない。ただ、「私もLOHASなライフスタイルを実践したい♪」みたいな、日本のノリとはかなりズレてそうで、ここにも日本とアメリカのギャップを感じる。アメリカでは、LOHASというのは依然としてマーケティング用語に過ぎなくて、桜子さんも指摘しているように、フツーのアメリカ人が「私はLOHASです。」みたいに言ったり、自覚したりするものではないのかもしれない。だから、日本人はダメとか変とか、そういう話では全くないので悪しからず。
◎消費者の分類の仕方
ついでに、上の記事には、日本語ではあまり見かけない話が載ってた。ローハスというのは、消費者のカテゴリーの一つなんだけど、全体がどんなふうにカテゴリー分けされているかというと、こんな感じ。
(1)The LOHAS Consumer(ローハスな消費者。6300万の成人。さらに2グループに分かれる。)
・LOHAS Leaders(確固とした信念を持って行動するコアなヒトたち。仕掛け屋。)
・LOHAS Followers(強い信念というほどではないが、堅実にローハスなヒトたち。消費者。)
(2)NOMADICS(移り気層。7900万の成人。ローハスぽいところもあるけど、それほどしっかりした選択基準を持ってないヒトたち。)
(3)CENTRISTS(中道・日和見層。5200万の成人。健康とか環境もいいけど、「やっぱり毎日お肉食べたいよな」みたいなヒトたち。)
(4)INDIFFERENTS(無関心層。1500万の成人。健康とか環境とか言ってられない、今日飯が食えるかどうかが大事なんじゃ、てヒトたち。)
◎"LOHAS"を検索すると、日本語サイトばかり出てくる。
LOHASというコトバの産みの親である、LOHAS Journal誌やNatural Marketing Institute社関係のページは、上位に出てくる。でも、それらを除くと、日本語サイトが非常に多い。(この記事も、もうすぐその列に連なる。)本当に、アメリカがLOHASの本家なのか!と叫びたくなる。私の検索の仕方が悪いのか。
この記事のまとめ
・本家アメリカのLOHASと日本で流行ってるローハスは、ノリが違うのかも??
・でも、本家と日本でノリが違うとまずいの?レオ様とヤッシー、どっちが真の意味でローハス的なの?どちらが言葉の本当の意味に忠実なの?まだよーわからんわ。
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